【偉人伝】吉田松陰―思いによって日本を動かし新しい時代をつくった―

2020.04.05

親子で学べる幸福の科学の小冊子 月刊「ヘルメス・エンゼルズ」No.281より、吉田松陰の偉人伝を紹介します。

吉田松陰(よしだしょういん)(1830年~1859年)

勉強熱心だった松陰

長州藩(今の山口県)の武士の家に生まれた吉田松陰は、学校の先生だった叔父の跡継ぎになるため、幼い頃から厳しい教育やしつけを受けました。

時には叩かれ、頭にこぶができるほどでしたが、松陰は弱音をはかず、10才で長州藩のお殿様を教えるまでに立派に成長しました。

国の未来を担う人材を育てる

ある時、松陰は清(今の中国)がイギリスに攻めこまれ、国が滅茶苦茶にされたという話を聞きます。

「国を守る力のない今の日本のままでは、日本も清のようになるぞ。」

日本が強くなるには外国のことを知る必要があると考えた松陰は、24才の時、日本に来ていたアメリカの黒船に乗りこもうと命がけの計画を決意します。

しかし計画は失敗。松陰は牢屋(ろうや)に入ることになりました。

「日本を変えたいという志を持つ人がいなければ日本は変わらない。」

翌年、自宅へ帰された松陰は、身分に関係なく学問を学べる「松下村塾(しょうかそんじゅく)」で、志ある若者を育てていきました。

教え子に受け継がれた志

1858年、幕府は外国におされ、日本が損をする条約を結んでしまったのです。

「もう幕府に任せられない!」松陰は死刑を覚悟で幕府を激しく批判。

その結果、29才という若さで処刑されてしまったのです。

しかし、松陰の死は無駄ではありませんでした。松陰の行動に勇気づけられた人々が幕府を倒し、明治政府が成立。

松陰の下で育った若者の多くが政治家となって、国を強くするための政治を始めたのです。

松陰の志が日本の未来を開きました。

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Q.吉田松陰が志ある若者を育てた塾の名前は何だったかな?

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問題の答え:松下村塾(しょうかそんじゅく)

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