介護の秘訣は「信じる心」と「希望」 義父を介護した10年

義父の介護体験記

お世話に明け暮れ、先が見えない不安。介護とじょうずに付き合うにはどうしたらよいのでしょうか。約10年間、義父をそばで見守り、介護してきた女性の体験とともに、人生のヒントをお届けします。

(N.Yさん/女性/埼玉県/「ザ・伝道」第198号より転載・編集)

体験談 介護は心の修行。父のお世話で気づいた祈りの力

義父のお世話は私の仕事

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私が嫁いできた当時、義父は80歳を超えていました。その数年前には心筋梗塞で倒れていたので、夫と私は、高齢の両親のことをいつも心配していました。私たちの設計事務所は東京都内にあり、新生活も都内でスタートさせたのですが、翌年、両親を近くでお世話しようと、私たちは埼玉県の夫の実家のすぐ近くに引っ越すことにしたのです。
嫁いで以来私は、義父母のことはずっと実の両親のように慕ってきましたので、この体験談では、「父」「母」と書かせていただきます。かつては海上自衛隊で航空部門の司令官だった父は、厳しい人だったそうですが、私の知る父は、細やかな気遣いをしてくれる優しい父で、私とは波長が合い、漫才のように会話がはずみました。
設計の仕事一筋で、結婚後も仕事を続けていた私ですが、父のお世話も自然と私の仕事になりました。多忙をきわめるなか、父をお世話する時間だけは、不思議と与えられるのを感じました。

記憶力は衰えても

結婚して数年後、父が2度ほど動脈瘤の手術で入院し、その度に私は、父の不安を和らげようと簡易ベッドを病室に置き、夜通し介護しました。母もパーキンソン病を患い、父の介護どころではなくなっていたからです。
その当時、父は、月1回、旧制中学の同窓会に出席するために、銀座まで出かけるのを楽しみにしていました。認知症の症状も出始めていたので、1人で行かせるのが心配で、私は父の送り迎えをすることにしました。道中、父は、電車の切符をどこに入れたか不安になり、何度も切符を探します。不安が昂ずると、いつも以上に記憶があやふやになり、逆に、リラックスさせてあげると意識もはっきりするようでした。
このような状態で、記憶力も衰えていた父でしたが、人生相談をすると、含蓄のある言葉で励ましてくれることもしばしばでした。
「パパ、実はね、今、仕事で悩みがあるのよ」
「信ずる道を行くんだぞ。それも堂々とな。悩みのときには頭上を暗い雲が覆っているように感じるが、雲の上にはいつも真っ青な空が広がり、太陽があることを忘れてはいかんぞ」
今食べたものも忘れてしまう父が、人生の大切な話になると、力強く、説得力に満ちた答えをくれるのです。そんな父を見ていて、私なりに気づいたことがありました。
(人の心のなかには、たくさんの”記憶の引き出し”があって、認知症は、その引き出しを開ける”取っ手”が取れた状態。だから取っ手をつけてあげさえすれば、記憶の引き出しを開けることができるんじゃないかしら……)
私は、父がいつも心穏やかでいられるように心がけ、人生の大先輩として敬意を持って接するようにつとめました。

介護は心を映す鏡

91歳で迎えた4月と5月、父は誤嚥性肺炎がきっかけで、2度の入院をしました。
食事も摂れず、話すことも、歩くこともできなくなり、高齢なので、予断を許さない状態です。私は仕事を休み、ほとんど毎日、朝から晩まで父につきそいました。
(パパ、まだあちらの世界に行かないで。もう少し一緒にいてくださいね……)
夫と私は、父が1日も早く退院し、大好きな家族と過ごせますようにという願いを込めて、幸福の科学の 新宿精舎 で、「スーパー・ベガ・ヒーリング」という祈願をしました。すると、その翌日、話すことができなかった父が、突然、話せるようになったのです。自宅でも、毎晩、夫婦で父のためにお祈りを続けました。忙しくてできなかった翌日は、てきめんに父の状態が悪くなるので、(やっぱり祈りの力ってすごい!)と驚きました。
また、私が、(今日はたっぷり時間もあるし、ゆっくりお世話ができるわ)と思うと、父の調子が良くなり、逆に、(今日はちょっと疲れてるし……)という日には、どんどん”手のかかるパパ”になってしまいます。父はまさに私の心を映す鏡。思いが全部伝わるようで、「介護は心の修行」だと感じました。「体が不自由になり、逆に心がどんどんピュアになって、感性が鋭くなってる感じだね」と、夫も同じことを感じているようでした。私は、幸福の科学で、「立ち向かう人の心は鏡なり」と学んでいましたが、父の介護を通して、そのことを身を持って教えられました。

何もかも自分でと思わず

父が4月末に、1度退院したときのこと。数週間の病院通いで心身ともに疲れていた私は、風邪をひいてしまいました。父が、よく夜のオムツを失敗していたので、毎朝、寝具一式、すべて洗濯しなければなりません。私が手伝えないために負担が増し、ヘルパーさんまで倒れてしまいました。このままではいけないと思い、お世話になった介護老人保健施設で聞いたり、インターネットで調べたりして、オムツの当て方や種類を研究し、外国製の漏れにくく扱いやすいオムツを手に入れることができました。すると、ぐーんとお世話が楽になりました。自分が倒れてしまわないためにも、何もかも自分でと思わずに、情報を収集し、「いかに無駄を省いて効率よくこなすか」を研究して、知恵を使うことも大切だと思いました。
また、介護につきものの「汚い」という嫌悪感はつらいものです。私も、入れ歯を素手で持つことでさえ、最初は抵抗がなかったわけではありません。けれども、毎日、父のそばにいて、「痛いところはないか」「痒いところはないか」と看てあげるうちに、父の感覚と自分の感覚が、だんだん一体化していきました。「お風呂に入っていないから気持ちが悪いだろうな」と思うと、どのくらい気持ちが悪いのか肌で感じるようになり、他人の体とは思えなくなったのです。そうすると自然に、嫌だとか汚いとかいう思いは消えてしまいました。
父は、一言も不満を言わないので、注意深く看て察してあげないと何も分かりません。すぐに対応してあげられるように、私は可能なかぎり父のそばにいるようにしました。口のなかを口腔ケア用のスポンジできれいにしてあげて、オムツの環境も清潔に保ってあげると、父の眼が活き活きとして力が出て、意識もはっきりすることも分かりました。

奇跡の回復

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病室でのリハビリは、私の大切な仕事でした。リハビリ療法士さんは本人が疲れたと言えば、「今日はやめておきましょうか?」と言いますが、入院をきっかけに寝たきりになる人も多いので、私は心を鬼にして、父にリハビリをしてもらいました。
「もう1回立てますか? あと少し頑張ったら、家に帰れますからね」。そう父を励まし、できたら、「パパ、できたじゃない!」と、いっしょに喜びます。「大丈夫。必ず立てますから」と、励ましの言葉をかけ続けると、父も、「大丈夫! 大丈夫!」と言葉にして自分を励ましていました。本人が「家に帰りたい」と強く願うと、体もそれに対応してどんどん変わっていきました。
そして、ついに父は、食事が摂れるようになり、車椅子にも乗れるようになって、五月末、悲願の退院を果たしました。帰宅後も、驚きの回復を見せ、自分で歩けるまでになったのです。退院後に1度、父が風邪をひき、外来で診察を受けたときには、私に支えられながらも歩いて診察室に入ってくる父を見て、担当医もびっくり。「これは驚いた! ぜひ、入院していた病棟に行って、みんなにも見せてあげてください。励みになりますから」と言ってくれました。入院後、みなで相談し、「夏に軽井沢に避暑に行くこと。11月24日のパパの誕生日は自宅で祝うこと。お正月を家族で過ごすこと」という目標を立てたのですが、それを全部クリアすることができたのです。

信じる心と希望を持って

介護に明け暮れ、先が見えない不安にとらわれると、希望を失ってしまいがちです。けれど、信じる心を大切にして真剣に祈れば、介護のつらさも乗り越えられますし、介護される側も、「常識的・医学的には無理」という局面でも、驚くほどの再生能力で復活します。
パーキンソン病で手が震え、絵が描けなかった母も、完治して絵が描けるようになりました。大川隆法総裁の書籍 『未来の法』 には、「心に積極的イメージを持つことで病も癒える」と説かれていますが、そのことを、私たちは実体験させていただいたのです。
「Nちゃん、ありがとう。世話になるね」。父は、いつも感謝の言葉をかけてくれます。本当は、「そろそろあちらの世界に行って楽になりたいよ」と思っているのかもしれません。
ここまで父が頑張ってくれているのは、きっと私たちに大切な何かを教えるためなのだと感じています。それは、きっと、「信じる力」と「祈りの力」の大切さではないかと思うのです。介護という貴重な経験を通して、心の勉強もさせていただく毎日です。「生きていて良かった」。父がそう思ってくれる日を、1日でも多く過ごせるように願ってやみません。

書籍で学ぶ どんな問題もプラスに受け止めよう

『心と体のほんとうの関係。』 (大川隆法 著/幸福の科学出版) より抜粋したメッセージ

介護をプラスに受け止める努力を

心と体のほんとうの関係

大きな目で見たなら、一生のうちに、家庭に病人を持たない人は、ほとんどいないかもしれません。病気、事故、不慮の災難、そして、それに基づく死。こうしたものは人生の折々に見受けられるものです。それは人々を深い悲しみの淵に立たせることになります。現実に病人をかかえ、看病に明け暮れている家庭は、とても暗くなっていることでしょう。
ただ、私は、その暗い面だけを、あまり強く捉えすぎてはいけないと思います。人間は、本体である魂が肉体に宿って修行をしている存在です。たとえ、その体が病に冒されて苦しんだとしても、魂そのものは、地上を去って、あの世に還ったときには、元どおりの完全な姿になります。
病に苦しんでいる姿は、あくまでも、この地上で修行をしていく途中に現れてくるものであって、永続的なものではありません。たとえ、その目には、どんなに地獄の苦しみのように見えたとしても、肉体というものから逃れ去り、魂そのものとなったときに、人は自由自在の境地に入ることができるのです。

そうである以上、たとえ病気に苦しみ、やがて、その病に倒れて帰らぬ人となったとしても、死んでからのちのことのほうが遙かに大事であるわけです。この世は、あくまでも、「あの世に還るための準備期間」であり、「あの世に還るための予習」なのです。
したがって、どのような問題が降りかかってきたとしても、その事件を、その事柄を、自分の魂にとって、プラスに役立てる方向に考えていくことが大事です。それが、看病する側にも、看病される病人の側にも、望まれることなのです。

耐えることも「愛の実践」

介護をしている家族のほうには、何らかのお返しの義務のようなものがあるのかもしれませんし、「やがては自分も介護される日が来る」ということかもしれませんが、それも愛の実践です。耐えることも愛の実践なのです。
また、ある人が、晩年にアルツハイマーにかかったからといって、その人の人生が間違っていたわけではないのです。人間の肉体は、”機械”としての面では、いろいろなところが弱ってくるので、頭脳の機能などがうまく働かなくなることはあります。しかし、そのようになったときでも、”霊的には完璧”です。したがって、「周りが言っている悪口などが本人の魂に聞こえている可能性は高い」と思い、口を慎んだほうがよいのです。
あなたが介護している方に対する“お迎えの日”は決まっているでしょうから、おそらく、「そのときまでは、一生懸命、愛の実践行為をせよ」と、あなたがたを鍛える場が与えられているのだろうと思います。肉体的に問題があったとしても、天上界に上がれないということはありませんので、心配する必要はありません。

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