「良い仕事」を行って、世の中に幸せを広げていきたい。

2020.02.05

ご主人と一緒に、写真撮影スタジオと結婚式場を経営するYさん。明るい笑顔で社員やお客さんと接するYさんですが、これまでご主人の闘病や経営難、店舗の全焼など、想像できないほどの苦難を経験してきました。あらゆる挫折を成功のバネに変えてきた、Y夫婦の歩みを、奥様の視点から紹介します。

Y・Sさん(63歳・岡山県)
ザ・伝道237号 より転載・編集

病気、火事、経営難を乗り越え繁栄の未来へ― 病気、火事、経営難を乗り越え繁栄の未来へ―

「自律神経失調症…?」

1956年、私は公務員の両親のもとに二人姉妹の長女として生まれました。地元の岡山で大学まで学び、大学生のときにアルバイト先の結婚式場でカメラマンとして働く、現在の夫のYさんと出会いました。包み込んでくれるような優しさを持ったYさんは、一緒にいてとても居心地がよく、私たちはすぐに意気投合しました。そして、4年の交際を経て、私が26歳のときに結婚。すぐに長男を授かり、私は専業主婦になりました。

結婚して3年がたった、ある日の朝のことです。主人の様子が明らかにいつもとは違い、すぐれません。

「あなた、体調でも悪いの?」

「なんか頭が痛いんだ…」

主人は仕事を休んで病院を受診しましたが、不調の原因はわかりませんでした。次の日も、また次の日も、様々な検査をし、紹介されて心療内科にも行きました。そこで医師から、「自律神経失調症」という、聞き慣れない病名を告げられたのです。医師の説明では、ストレスによってかかる、心の病ということでした。

主人が勤めていた会社は勤務時間が不規則でとてもハードでした。主人は何事もひたむきに頑張る人なので、心身ともに無理をしていたのだと思います。

やがて仕事に復帰することも難しくなり、会社を辞めることになりました。当時、私は、2人目の子どもを授かっていました。しばらくはなんとかやりくりしましたが、妊婦の私が勤めに出ることは難しく、貯金も底を尽きようとしていました。

うつ状態になって家でふさいでいる主人を見ると、心配になると同時に、どうしても「お腹の子どものためにも働いてよ」と、裁く気持ちが湧いてきます。どうすることもできない私は、毎日泣いて過ごしていました。

夫婦二人三脚で始めた写真館

苦しい状態をじっと耐えていましたが、2人目の息子が生まれると、家の雰囲気が自然と明るく変わりました。そのおかげか、主人も少しずつ元気を取り戻し、フリーのカメラマンとして働けるようになったのです。

ところが、フリーの仕事はどうしても収入が安定しません。主人には写真を撮る技術があるので、「写真スタジオを開いたらどうか」と周りから提案されることもありましたが、夫婦とも商売とは無縁の家庭で育ったので、勇気が出ません。悶々(もんもん)と悩んでいた1990年のある日、家族ぐるみでお世話になっていた友人が、私にアドバイスをくれました。

「Sさん、迷ったときはね、人や世の中に愛を与えることを考えるんだよ」

「愛を与える…?」

友人は、「愛を与える」という言葉を使いながら、「社会の役に立つ仕事なら、きっとうまくいくから大丈夫だよ」と開業を勧めてくれたのです。この一言が私の心を動かしました。主人にもそのことを話し、2人でお店を開くことを決めたのです。資金が無かったので、親戚に援助してもらってのスタート。店名は「スタジオビュー」にしました。「未来」を感じさせる名前がいいと思い、「展望」という意味がある「View」という単語を選びました。

主人は最初、「商売なんて自信ないよ」と言っていましたが、準備を始めると生き生きとし始めました。それまで結婚式以外の写真はあまり撮ってこなかったので、カメラマンの友人や先輩に頭を下げて、商品写真の撮り方から、七五三の写真の撮り方まで、ありとあらゆるパターンの撮影の仕方を学んでいきました。同じころ、私たち夫婦の開業を後押ししてくれたその友人が、店に来てくれました。

「Sさん、お仕事は順調ですか? これ、参考になると思うから良かったら読んでみて」

そう言って、自身が幸福の科学で学んでいることを明かし、大川隆法総裁の著書『常勝思考』 を渡してくれました。仕事のあと、私はさっそくその本を開いてみました。

「『常勝思考』とは、どのようなものかというと、それは結局、『いかなる波風が人生の途上にあったとしても、常にそのなかからプラスを生み出していく』という考え方にほかならないのです」

(どんな逆境も、自分の心の持ち方次第で、プラスに変えられるんだ—)

『常勝思考』に記された言葉の数々は、商売という新たな挑戦を始めたばかりの私を励ましてくれました。

(私も、幸福の科学で学んでみたい!)

そう思い、会員になることを決めたのです。

私たちのお店は、撮影の他に、写真現像の取り次ぎやカメラの販売も行っていたので、私は主人をサポートするために、一からカメラの仕組みを勉強しました。主人が撮る写真は評判になり、お店はほどなく軌道にのり始めました。

昼は撮影と接客を行い、夜は写真のセレクトとアルバム作りに取り掛かります。忙しいけれど仕事はとても楽しく、二人して夢中で働きました。

開店したばかりの頃は、まだ自律神経失調症で病院に通っていた主人ですが、お店を始めてからは、みるみる元気になり、ついには薬も必要なくなったのです。

店舗全焼、そして倒産の危機…

2000年頃のことです。ある日、店番をしていた私は、レジを開けたとき、ふと「最近、お金が少なくなった気がする」と感じました。レジの中身と通帳を確認してみると、店舗家賃の支払い分にぎりぎり達する程度しかありません。

(もうすぐ支払いなのに困ったな…)

お店はそれなりに繁盛してスタジオも2つ運営していましたが、同時にアルバイトも数人雇うようになっていました。

大川総裁が教えのなかで、組織の規模相応に仕事の方法や、考え方を変える必要があると説かれていたことを思い出し、それまでの"どんぶり勘定"の仕事ではなく、「経営」を行わなければいけないのだと気がついたのです。しかし、 この業績不振を挽回できないでいると、さらに大きな困難が襲ってきました。

2003年12月の夜9時ごろのことです。お店で主人とスタッフと立ち話をしていると、店の近所の方から一本の電話が入りました。

「おたくのスタジオが火事だよ!」

業務提携をしている方から借りていた別館スタジオが、激しく燃えていると言うのです。私たち夫婦は半信半疑でしたが、車で10分ほどの場所にある別館まで駆けつけました。

「すみません、通してください! ここで働いていた者なんです!」

そう言って人混みをかき分けると、目の前に焼き焦げて鉄筋ばかりになったお店の残骸が広がっていました。不審火だったそうです。私も主人も言葉を失いました。その晩、自宅に帰った私は、放心状態になり、ご本尊に向かって祈り、神仏に救いを求めました。

(どうか、私たちに力を与えてください—)

翌朝、改めて二人で現場を見に行くと、前の晩は暗くて分からなかった惨状が、陽の光を浴びてよく見えました。主人が命のように大切にしていたカメラは、燃えて溶けかかり、足元に目を落とすと、花嫁衣装の焦げた布きれが落ちていました。私は、その場で泣き崩れました。

力なく焼け跡を歩いていると、可愛らしい形をした帽子が数個、目に飛び込んできました。花嫁がドレスを着たときにかぶる帽子です。

(あの火事のなか、燃えなかったんだ…!)

花嫁衣装は、私にとって苦楽を共にしてきた"仕事仲間"。生き残った帽子を見つけた瞬間、再会の感動で胸がいっぱいになりました。同時に自分が思っていた以上に、写真スタジオの仕事を愛していたことに気がついたのです。そして、「もう一度、店を立て直したい」という思いが湧いてきました。

私たちは何のために働いているのか

火事から数日後、主人が燃えたスタジオに変わる物件情報を持ってきました。そこは、私たちのメインスタジオに隣接(りんせつ)した場所だったので、借りることができれば、仕事が今までよりもずっとやりやすくなります。しかし、私たちには充分な資金がなかったので、半額で借りることができないか頼んでみると言うのです。

「断られるかもしれないけど、家主さんにお願いしてみる。ついてきてくれないか」

主人にそう言われるがまま、物件の所有者のところへ行くことにしました。主人は、家主さんを見るなり、突然、土下座をしました。

「火事ですべてを失いました。お願いです。もう一度やり直すチャンスをください!」

私も主人と一緒になって頼みました。すると、私たちの必死の思いが家主さんに伝わり、特別に調整してもらえたのです。大切なカメラは燃えて失っても、希望は失わず、新たなスタートのために前を向く主人の姿を見るうち、私も気持ちがかたまりました。

(Yさんが、心おきなく写真を撮れるように、私は「経営」を勉強して店を支えよう)

倒産の危機を乗り越えるため、私は、大川総裁が説く経営の教えを学び始めました。

大川総裁は、心の修行をした人が、仕事でも成功することは大切なことだと語り、「経費と投資の違い」や、「人材の育て方」など経営者に向けた指針を数多く説いています。私は、教えをもとに今まで、経理をあいまいにしていたところから反省し、仕事を改善しました。

さらに、法話「社長学入門」を拝聴して、はっとしました。

「最初は、『自分の好きなことをして、自分や家族が食べていくことができ、従業員がおなかいっぱい食べられればよい』という程度の志で会社を始めたのかもしれませんが、一定の規模にまで大きくなってきたら、やはり、それだけでは足りません。『なぜ、わが社が発展・繁栄しなければならないのか』という、この正当性を打ち出さなければ駄目なのです」

「経営理念」がいかに大切であるか、そして理念をたてるにあたって、会社の存在意義を見つける必要性があると知ったのです。

(私たちの仕事は、何のためにあるのでしょうか。どうか、教えてください—)

中国正心館での研修に参加したある日、私は神仏に教えを請いました。すると、研修を終えて帰ろうとしていたとき、突然、理念のようなものが言葉として心に浮かんできたのです。

それは、「私たちの仕事は、"写真を撮ること"ではない。お客様を祝福し、今の幸せを未来の幸せにつなげる」というニュアンスの言葉でした。

(これだ、わかった…!)

やっと見つけた"答え"を主人や従業員たちに伝え、経営理念のベースにすることにしました。

主人が発明したヒット商品

理念が固まると皆の仕事への取り組み方が変わり、主人も、新しい撮影技術をどんどん取り入れていきました。

ある日のことです。主人が、趣味で乗っていた外車を「撮影で使ってみようかな」と提案してきました。私はあまりピンとこなかったものの、さっそく、お店でヘアメイクを終えた新郎新婦を車で地元の公園までお連れし、外車を使って撮影してみました。すると、それが予想外にお客さんに好評だったのです。主人の嬉しそうな表情からも、手応えを感じました。

(「ロケーション撮影」を商品としてPRすれば、人気が出るかもしれない)

衣装とヘアメイクと外での撮影をセットにしたプランを、うちの主力商品として形にしました。当時、こうしたプランは、他店にはまだありませんでした。主人が発明した「新商品」は、お客様の満足度が高く、これをきっかけに、売上はどんどん伸びていき、撮影だけでなく、結婚式やパーティーもできる2店舗目もオープンさせることができたのです。

写真で人々の心を豊かにしたい

今まで、主人の病気や経営難など、つらいことはたくさんありました。でも、主人と出会えたから写真の面白さを知り、主人の病気があったからお店を始めることができました。そして、火事や経営難があったから、仕事を見直して今の発展があります。

そう素直に思えるのは、幸福の科学で「人生において経験することに、無駄なことは何一つありません」と教えてもらっているからです。そもそも、この教えがなければ苦難のなかで立ち上がることすら、できなかったと思います。

写真は、人の心を幸せで満たし、豊かにする力があると感じます。皆様に喜んでもらえるような「良い仕事」を行って、世の中に幸せを広げていきたいです。私たちの挑戦は、まだまだこれからです。神仏への感謝の気持ちを、仕事を通して、お返ししていきます。

夫 Yさんから

"町の写真館"は、今、どんどん少なくなっています。私も開業してから、「もうダメかな」と思うことは何度もありました。でも、その度に周りの方々に助けていただいたり、運が巡ってきたりして、のりこえることができたんです。「自分の力でここまで来れた」とは思いません。頭が良くて仕事熱心な妻の支えと、何より神仏の応援があったからです。これからも多くの方に喜んでもらえる写真を撮っていきたいです。

繁栄の種は心のなかにある

鋼鉄の法

繁栄のもとは、「山のあなたの空遠く」にあるわけではなく、人が見ていないような、どこかの奥山を分け入れば見つかるというものでもありません。
今、あなたのなかに、あるいは、あなたの周りに、あなたの家庭に、あなたの家族に、あなたがしている仕事に、まさにそのなかにこそ、「繁栄の種」はあるということです。それに気づくことです。
こういう習慣を身につけてください。こういう考え方をするようにしてください。そうすると、あらゆるものがチャンスに変わります。

『鋼鉄の法』より)

Yさんの体験から学ぶ「繁栄する心の法則」

Yさんが経済苦を乗り越え、事業を成功軌道に乗せることができたポイントを振り返ります。

ポイント1 失敗から教訓をつかんだ

大川総裁は、「失敗したとしても、それを上手に使い、進化・発展につなげることができる」と説いています。Yさんが経営苦にあったとき、それまでのやり方を反省しました。そして経営理念から立て直したことで、仕事への取組み方が変わり、お店が発展したのです。

ポイント2 一つの成功体験を「次の成功」のバネにした

ご主人が始めた撮影プランに手応えを感じたYさんは、それを主力商品として売り出したところ、ヒットしました。大川総裁は、「成功したところを足場として使えば、もっと良い成功を収めることができる」と語っています。失敗も成功も、「繁栄の種」になるのです。

人生の成功をつかむ言葉

鋼鉄の法

成功のときには、誰であれ、気分がよく、調子もよいのですが、思わず怪我をして体が傷んだり、故障したり、失意に見舞われたりすることもあります。
ここがポイントです。ここで、どうやって自分を成功軌道に持っていくか。ここがいちばん肝心なところだと思うのです。

『鋼鉄の法』より)

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