扶桑社の「ハーバー・ビジネス・オンライン」掲載記事への幸福の科学グループ見解
株式会社扶桑社のWEBメディアである「ハーバー・ビジネス・オンライン」が本年7月7、8日付けで掲載した記事において、執筆者の藤倉善郎氏は、幸福の科学の教えをねじ曲げ、オウム教と同一視させるような極めて悪質な印象操作を繰り返しています。以下の通り、その過ちを指摘し、このような「信教の自由」に反する宗教的差別行為、冒涜に強く抗議します。
生命を尊重する幸福の科学
藤倉氏は大川隆法総裁の著書『大恐慌時代を生き抜く知恵 松下幸之助の霊言』を取り上げ、そのなかにオウムのような「ポア思想もどき」が登場したとしていますが、当教団には「人を殺すなかれ」という不殺生の教えがあり、全く事実に反します。
オウムでは、自分を受け入れなかった社会を逆恨みし、この世の仕組みや制度を否定し、「殺すことが最大の救済である」と称してポア思想を持ち出しました。さらに「殺害することが救済になる」と考え、弟子たちを「オウムを信じない人間には仏性がない。だから、その人を殺しても罪にならない」と洗脳しました。
こうしたオウム教義の危険性を当教団は地下鉄サリン事件(1995年)の数年前から指摘し、デモなどで広く訴えてきました。幸福の科学ではすべての人に仏性があり、共に仏の子であると教えており、永遠の生命を持ち、転生を繰り返す存在としての生命を互いに尊重しているからです。これは人権思想の根拠であり、「なぜ人を殺してはいけないか」「なぜ自殺してはならないか」に対する答えでもあります。また、当教団は人種や民族の違いを超えて、互いに愛し合うことの大切さも教えています。
当教団が様々な霊言を公開しているのは、霊界の存在証明であるとともに、天上界の霊人の多様な個性や見解を紹介することで、人間は死後の世界でも永遠の生命として、知的な活動を行っていることを明らかにするためです。霊言は当教団の基本教義ではなく、参考意見として位置付けられています。藤倉氏が批判している松下幸之助霊言の一節は、神の子・人間が、信仰心を失い、神仏から授かった尊い人生を無駄に過ごすことを戒めた警告に他なりません。
また藤倉氏は「支配者志向」が当教団にもあるかのように書いていますが、当教団が宗教として願い、行動しているのは、地上的な権力を求めてではなく、「全人類幸福化」という仏神の大願成就のためです。
幸福の科学は遵法精神を大切にしている
また藤倉氏は記事中で、当教団について、「法律など二の次だ」「遵法意識の欠如」などと非難しています。しかし、幸福の科学が戦後を代表する大教団へと成長したのは、法律によって保障された自由の範囲内で創意工夫に富んだ宗教活動を行なってきたからに他なりません。幸福の科学学園においても、教育基本法、学習指導要領に基づいて生徒の自由な創意工夫を最大限引き出す教育を行っています。
遵法精神がないのは藤倉氏の方で、当教団施設への不法侵入を繰り返して刑事被告人となり、無許可デモで車道に繰り返し出て、彼を避けるために車が大きく反対車線にはみ出すなど、大事故につながりかねない道路交通法違反なども犯しています。また、宗教にとってこの上なく神聖な御本尊を仲間と足蹴にするなど、極めて社会常識のない人物です。
記事中では、当教団が威嚇を目的に訴訟を乱発しているかのように記述されていますが、当教団は週刊現代やフライデー、その執筆者、不当訴訟の提訴者らに対して、いくつもの勝訴判決を勝ち取っており、訴訟の正当性が立証されています。
また、藤倉氏は、自身が当教団から暴行を受けたとしていますが、そのような事実はありません。体をぶつけてくる等の暴力行為を含めた同氏らの迷惑・挑発行為こそが問題です。
「仏法は王法を超える」のほんとうの意味
藤倉氏は「法律より偉い大川総裁」などとし、あたかも当教団が法律違反を平然と肯定しているかのように記述しています。しかし「仏法は王法を超える」という言葉は、千人を殺したアングリマーラという殺人鬼を仏陀釈尊が弟子にし、更生させたという故事に基づくもので、「仏教教団のなかの戒律制度は、この世での法律よりもよっぽど厳しい」(『仏教的幸福論—施論・戒論・生天論—』)ことを意味しています。宗教教団では、行為の原因となる、「心の中の思い」が正しいかまで問われるため、一般社会より遥かに厳しい規範が通用しています。
ゴールデン・エイジは着実に始まっている
藤倉氏は当教団が掲げるゴールデン・エイジについての予言などが「頓挫したと言っていい」などとしていますが、事実に反します。
当教団が言うところのゴールデン・エイジとは、2020年から2030年にかけて、無神論的独裁国家の誤りを正し、人々が信仰に基づいた幸福な人生を生きることができる時代を作ることです。中国発コロナパンデミックによって、習近平政権が世界の非難を浴び、世界からの中国包囲網が形成されつつある今、ゴールデン・エイジは着実に始まっていると言えます。
幸福の科学は寛容で開かれた宗教
藤倉氏は、「幸福の科学による「一教支配」が実現しなければ日本は滅亡する」と当教団が主張し、「『幸福の科学を理解しない者・認めない者』の一掃」を目指しているとしています。
しかし、幸福の科学は非常に寛容で、「開かれた宗教」であり、他の宗教に属していても当教団の信者として活動出来るようになっています。当教団は仏教、キリスト教、イスラム教などを尊重し、社会の平和と繁栄に向けて宗教が正しく役割を果たすことを期待し、後押ししています。「幸福の科学による「一教支配」が実現しなければ日本は滅亡する」などという教えはありません。
コロナ禍は終末論ではなく、人間に新たな「立ち直り」の機会を与えている
また、藤倉氏は当教団がオウムのような終末思想を持っており危険であるかのように記述していますが、明確な過ちです。
オウムの終末思想は、終末を待望するようなものでしたが、当教団にはそのような思想はありません。今回のコロナ禍についても、人類にとっての「反省」と「立ち直りの機会」が与えられていると前向きに考えています。
このように、藤倉氏執筆記事は宗教的教養不足に基づく曲解と悪質な印象操作、妄想を膨らませたに等しい、ありえない仮定の話に満ちたものであり、信用に足るものではありません。
「宗教はぜんぶ否定したほうがいいんじゃないか」とネット上で表明している藤倉氏には、宗教への尊崇の念が欠片もなく、静謐な信仰生活を求める信仰者の人権に対する配慮もありません。高い社会的公益性を持つ宗教への、このような悪意と偏見は、到底看過できるものではなく、ここに改めて強く抗議するものです。