大東亜戦争末期の沖縄戦。
海軍特攻隊の隊員だった上田忠さん(90)は、昭和20年5月、
片道分の燃料だけを積んだ魚雷艇に乗り、
長崎県川棚の特攻基地から沖縄へ出撃しました。
しかしその途上で、
17機のグラマン戦闘機の襲撃に遭いました。
必死の思いで海に飛び込み、
5時間近く漂流した末、九死に一生を得ました。
当時16歳でこのような過酷な体験をした上田さんですが、
どのような思いで戦場へ向かったのでしょうか?
貴重な体験談をお聞きしました。
実際に命を懸けて戦った当人だからこそ語れる
大東亜戦争の真実が詰まっています。
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