「理不尽だ」という言葉で、片づけることもできよう。しかし、考えてもみよ。川を下ることは、簡単だが、川を遡ることは、困難なことなのだ。
夏の夜は、寝苦しくて、朝起きるのがつらい。冬の朝は肌寒くて、やはり朝起きるのがつらい。私の今朝も、そんな巡り合わせだった。
俗に、「三つ子の魂百まで」と言う。幼少時に形成された性格は、老年期になっても変わらないことを示す言葉だ。
現代の知識人には、霊魂や霊界の存在を伝える、哲学者プラトンが、人間を迷信の殻に閉じ込める暴君に、見えてしかたないらしい。また、プラトンとともに、神への体系を築こうとする哲学者ヘーゲルも、全体主義に見え...
ある人が、「悟りの奥義」を教えてほしいと、夢の中で訊ねてきた。それが判らないから、仏教学も、哲学も、二千五百年間、ガラクタの山を築いてきたのに。
どうやったら、人の仕事能力が測れるのか。結構、難しい問題だ。
神様も実は困っているのだ。貴族制を維持すると、怠け者が増え、堕落する者が満ち、「色」「金」「欲」で、この世に執着する者が増える。
若い頃は、他人と自分とを比べて、その違いに苦しむことが多かった。たいていは、他人が優れてみえて、自分の劣ったところばかり気にしたものだ。
何かいつもとは違うことを始めると、人は痛みを感じる。運動のすべてはそうだ。
僕は、愛していた。すべてのものを愛していた。しかし、過去世で、自分が何かを捨てて、何かを選び取ったことだけは憶えていた。
トゥルゲーネフの『初恋」を初めて読んだのは、もう五十年も前のことになる。甘美で、新鮮で、ショッキングだった。
人生を川の流れにたとえるのは、仏教の教えの常だ。実際に見るガンジス河は、汚れていて、美しくはない。
少し人生に退屈したな、と思ったなら、しばし、歩みを止めてもよい。自分では止まっているつもりでも、永遠の休止がくるわけではない。
梅雨が長びいていた。天気予報は曇だったが、七月七日は晴れ上がったので、昼食後、孫とクワガタを探しに出た。
今日は、生誕日という朝。夢の中では、見知っている家族は皆、姿を現わした。
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