孤児として育ち、「自分は必要のない人間だ」と、ネガティブな思いを抱えて生きてきたポールさん。そんな彼の人生を変えたのは、幸福の科学の教えとの出合いでした。そしてさらに、ある奇跡がその身に―。
今回は、ウガンダから心温まる感動の体験談をお届けします。

ポール・ルビア・ルブヤさん(36歳・ウガンダ共和国・幸福の科学職員)
隔月「ザ・伝道」229号より転載・編集

体験談ネガティブからの脱出

母さん、どうして私を置いていなくなったの?

私は、孤児として祖母の元で育てられました。
実の父母の顔も知らず、愛された記憶もなかった私は、ずっと心のなかに孤独を抱えて生きてきたのです。
自分のルーツや両親のことが知りたくて、あるとき、祖母に聞いたことがあります。すると、衝撃的な話を打ち明けられました。

両親と、赤ん坊だった私は穏やかに暮らしていたそうです。しかし、そんな幸せな毎日は、ある日を境に、一転してしまったというのです。

それは、突然の父の死。
ウガンダでは当時、政府や反政府組織による住民への襲撃や略奪が横行していて、地方裁判官として働いていた父は、こうした闘争に巻き込まれて、何者かに銃殺されてしまったと―。

母は、ショックのあまり、父の葬儀の最中に倒れて、しばらく入院したそうです。
ところが、そんな母が、ある日突然、私を置いて、どこかに逃亡してしまったのだと聞かされました。
私はまだ生後8ヶ月の乳飲み子でした。

●内戦を繰り返したウガンダの歴史


1962年にイギリスから独立して以降、たびたびクーデターが発生。特に、80年代から始まった、政府軍と反政府組織との戦闘は20年近く続き、住民への襲撃や略奪も横行していた。ポールさんが生まれた頃も、こうした政情不安が続いていた。

(母さんは、どうして僕を捨てたの? 母さんはこの国のどこかで生きているの?)

私は、自分の生い立ちを恨みました。

幸い、医者として働く裕福な叔父が学費を援助してくれたおかげで、私は学業に励むことができ、12歳で祖母の家から遠く離れた寄宿学校に入りました。

週末になると、生徒たちの親が続々と子どもたちに会いに来るので、寄宿舎には、楽しそうな家族たちの声が響きます。しかし、私に会いに来てくれる人は誰もいません。週末はいつもひとりぼっち。

(私は誰からも必要とされてないんだ……)

そんなネガティブな思いが私の心を支配していました。
そしていつしか、「必要とされていないのに、なぜ自分は生まれてきたのか」という疑問を抱くようになっていったのです。

人生は一冊の問題集

人生の意味を求めて教会にも通いました。
しかし、牧師は、「祈りなさい」「すべて神にゆだねなさい」と言うばかりで、私の疑問や苦しみに、明確な答えをくれませんでした。

そんな23歳のとき、転機が訪れます。
当時、私は、大学に通いながら、生計を立てるために、アパートの管理人をしていました。
そこに越してきた日本人女性が私に幸福の科学の英語版月刊誌を手渡してくれたのです。


●ポールさんが初めて手にした英語版月刊誌。

「ポールさん、良かったらこの冊子を読んでみて。幸せになるヒントが書かれているの」

私はそれまで幸福の科学のことを知りませんでしたから、不審に思いましたが、「他人と自分とを比較することをやめなさい」という表紙の言葉が気になって、読んでみることにしたのです。部屋に戻って冊子を開くと、そこにはどんな苦しみも糧に変えていく心の持ち方が説かれていました。

(今までこんなこと考えてこなかった…)

この教えを学んだら何か変わるかもしれない。そう思った私は、月刊誌をくれた女性に頼んで、幸福の科学のメンバーになったのです。

彼女の自宅で幸福の科学の根本経典『仏説・正心法語』をいただき、一緒にお祈りをすると、言葉にできない喜びとエネルギーが湧き上がってくるのを感じました。

その日から、私は大川総裁の書籍を貪(むさぼ)るように読みました。

大川総裁の教えは、天に祈るだけでなく、心を磨くことの大切さと、その具体的な方法が明かされていて、とても新鮮に感じました。そして、英語版『不動心』を読んでいたとき、人生を変える言葉に出合ったのです。

「『人生は一冊の問題集である』という言葉で表わされるように、それぞれの人間には、その魂にふさわしい試練が与えられます。その試練をどのようにくぐり抜けていくかが、その人の真価、値打ちを決めるのです」

(人生は問題集……?)

大川総裁は、人間は死んだら消えてなくなるような儚(はかな)い存在ではなく、何度も地上に生まれ変わって、さまざまな経験を通して魂を磨いているということ、人生の苦難困難は、ただの不幸ではなく、”自分を鍛えるための問題”であることなどを教えてくれました。

(人生すべてに意味があるんだ! 私はつらい生い立ちを経験しているけれど、捉え方を変えれば、だからこそ人の苦しみや悲しみに寄り添うことができるようになった)

それまで、「なぜ自分は不幸なのか」と、ネガティブになっていた心が軽くなったように感じました。

自分の人生を肯定的に受け止められるようになり、自然と笑顔も増えていったのです。

大学の友人たちにも、「ポールは最近明るくなったね」と言われるほどでした。

ウガンダに灯った救いの光


ウガンダの首都 カンバラの様子。

2012年、ウガンダにビックニュースが舞い込みました。大川総裁が、私たちのウガンダに説法に来てくださると聞いたのです。

(マスターは、ブラジルやインドなどで説法をされていたけれど、まさかアフリカにも来てくださるとは!)

多くの人を救うため、世界各地に赴き説法をされる、大川総裁の愛の思いにただただ感謝しかありませんでした。
当時、大学を卒業して、幸福の科学の職員になっていた私は、大川総裁の講演会をスタッフとしてお手伝いさせていただくことになりました。

迎えたご巡錫(じゅんしゃく)当日―。

アフリカ各地から大川総裁の話を聞こうと大勢の人々が詰めかけました。

まもなく法話が始まるというときです。
突然のスコールが起き会場を濡らしました。
しかし、人々の熱気は冷めません。参加者は椅子を傘代わりとばかりに頭上に持ち上げて雨を退け、大川総裁の登壇を待ちわびたのです。そして拍手のなか、法話が始まりました。

「あなたがたの内には、光があります。自分自身に、自信を持ってください。(中略)そして、自らの内に、例外なく、ダイヤモンドがあると信じることです。これが、繁栄への出発点なのです―」

大川総裁は、私たち人間は皆、神の子であり、それぞれに神の光が宿っていること、有色人種だからといって劣っていないこと、これからウガンダでもたくさんの奇跡が起きて人々が幸福になっていくことなど、私たちに勇気と希望を与えてくれるお話をしてくださったのです。

(私にも神と同じ輝きがあるなんて…)

自分も、神仏と同じものが宿る尊い存在なのだと自信が持てました。
そして、不思議と心が温かくなり、神仏から愛されている実感がしたのです。心がプラスの思いで満たされたからでしょうか。
以来、物事を前向きに考えられるようになっていきました。

ウガンダ巡錫説法の会場の様子

会場前には長蛇の列ができた

生き別れた親子に臨んだ奇跡

大川総裁のご巡錫から3年後の、2015年のある日のことです。
私は遠く離れた町に赴いて「富を引き寄せる心とは」という題の仏法真理セミナーを開いていました。
そしてその日のセミナーを終えて片付けをしていると、一人の受講者の女性が話しかけてきました。

「ポールさん、私は、あなたのお母さんを知っているかもしれない」

「えっ、母さんのこと?」

彼女は、セミナー冒頭の私の自己紹介を聞いて、友人が探している、「生き別れのわが子」ではないかと思ったそうです。

私は、にわかには信じられませんでした。
母が家を出て30年以上経っていますし、私の国では、「実の親だ」と嘘をついて経済的に頼ろうとする人もいます。

警戒した私は、とりあえず名刺だけ渡して帰りました。それから何日か経った日の午後、支部に一本の電話が入ったのです。

「はい、幸福の科学です」

「あの…あなた、ポールなの?」

私が「そうです」と答えると、電話の女性は震える声で、自分が母親であることを語り始めたのです。
そしてすべて言い終わると、受話器の向こうで泣いているような声がしました。

私は半信半疑ながらも、数日後、彼女に会いに行くことにしたのです。
教えられた住所を訪ねると、優しそうな女性が待っていました。

「ポール!」

彼女は興奮しながら、一枚の写真を出してきました。
それは、父と母の結婚式の写真。
若かりし頃の父と、私を育てた祖母も写っています。

「ああ、本当に母さんなんだね。こんな奇跡が起きるなんて! 信じられないよ」

私の国では、戸籍もいいかげんですし、人の行方が分からなくなったら多くの場合、それっきりなのです。

母は、赤ん坊だった私を置いていったことを謝り、真実を話してくれました。

母は、父が亡くなったあと、親族から父の兄弟との結婚を強要されたそうです。
当時のウガンダではそういったことはよくあったのです。
母は父を心から愛していたので兄弟とは結婚する気になれず、家を出るしかなかったのだと語りました。
赤ちゃんだった私を連れていきたかったけれど、それも叶わなかったのだそうです。

「母さんは、一日たりともポールのことを忘れたことはないわ。何度もあなたを迎えに行ったけど、お父さんの家族が絶対会わせてくれなかったの。本当にごめんなさい」

「母さん。確かに今までつらかったよ……」

私は、溢れそうになる涙をこらえながら、これまでのことを打ち明けたのです。

自分は誰からも必要とされていない、と孤独に苦しんだからこそ、人生の真理を求めて幸福の科学に出合えたこと。
「人生は一冊の問題集」という言葉に救われたこと…。

「与えられた環境のなかでどのように生きていくのかが大切なのだとマスターが教えてくれました。過去ではなくて一緒に未来に目を向けていきましょう。全てはGod’s plan(神の計画)だったのですから」

「ポール、そう言ってくれてありがとう」

私たち親子は、一緒になっておいおい泣きました。
さらに驚いたことに、母は2012年の大川総裁のウガンダ巡錫の会場に、バスを乗り継ぎ、約4時間半かけて来ていたと言うのです。

マスターは説法で「これからウガンダで数々の奇跡が起きる」とおっしゃっていましたが、思えばあの日から、私たちの「奇跡の再会」のシナリオは動き出していたのかもしれません。

その後、母と、母の再婚相手との子供たちも幸福の科学のメンバーになりました。


約30年ぶりに母・ジャスティンさんと再会したときの一枚。離れていた時間を埋めるように熱く語り合った。

地球神の教えが世界を一つにすると信じて

私は、大川総裁の教えに出合って、「生きる意味」と「神の子としての自分の価値」を知り、ポジティブな自分に生まれ変わることができました。さらに、母との再会という最高のプレゼントまでいただくことができたのです。大川総裁に、感謝してもしきれません。

ウガンダは、国民の9割近くが何らかの宗教に所属しています。また首都のカンパラには、アフリカで3番目に大きいモスクがあり、多くのイスラム教徒が巡礼に訪れます。
しかし、このような宗教国であるにも関わらず、未だ内戦で家族を殺されて深い心の傷を負っている人が大勢います。
私自身、キリスト教に救いを求めましたが、心が本当に満たされることはありませんでした。また、世界を見渡してみると、 宗教の違いによる争いが後を絶ちません。

こうした現状を目の当たりにするにつけ、キリスト教やイスラム教をはじめとする今までの宗教では、もはや人々を救う力はないのではないかと感じます。だから今こそ、地球規模の新しい教えが必要だと思うのです。

大川総裁は、イエス・キリストが「わが父」と呼び、ムハンマドが「アッラー」と仰いだ神が一なる存在であること、そしてその神の名は「地球神エル・カンターレ」であることを明かしています。
私はエル・カンターレの教えこそ他のどんな世界宗教をもしのぐ最高の教えだと確信しています。

私は自分の人生を懸けて、地球神の言葉を世界中に伝え、幸せの輪を広げていきます。それが私のミッションです。

【解説】ポールさんがネガティブから脱出できた理由とは

Point1 「人生は一冊の問題集」だと知った

ポールさんは、人生の意味が見いだせず、いつしか自分の存在まで否定していました。そんなときに「人生は一冊の問題集」という言葉に出合います。人生のあらゆる苦難困難も「自分を磨くための課題」であり、乗り越えることで成長できるとわかったことで、人生の捉え方が肯定的に変わっていったのです。

Point2 神仏の子である自分の価値に気づいた

大川総裁は、「人間は皆、神仏の子であり、心の中に神仏と同じ光が宿っている」と説いています。ポールさんはこうした真理に触れて、「私も神から愛された尊い存在なのだ」と実感。自分に対して本当の自信を持つことにつながったのです。

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