不治の病と言われた水頭症から奇跡の復活。お返しの人生を歩みたい

2019.11.01
1991年、神奈川県生まれ。19歳の時に脳動静脈奇形による脳内出血を起こし、水頭症を発症。一時、障害者認定を受けるが奇跡的に完治し、2015年、HSUに入学。現在は小売店で働いている。
1991年、神奈川県生まれ。19歳の時に脳動静脈奇形による脳内出血を起こし、水頭症を発症。一時、障害者認定を受けるが奇跡的に完治し、2015年、HSUに入学。現在は小売店で働いている。

19歳の時に脳内出血を起こし、生死の境をさまよったO・Tさん。

「命がなくなるかもしれない」という危機を乗り越え、奇跡の復活を遂げた話を紹介します。

月刊「ヤング・ブッダ」190号より転載・編集

「不治の病」と言われた水頭症(すいとうしょう)

2011年4月、浪人生活をしていた頃、急に頭がクラクラして自宅で倒れ、救急車で病院に運ばれました。

脳動静脈奇形という血管の塊が破裂して、脳内で出血したのです。

10時間に及ぶ開頭手術で一命を取り留めましたが、後遺症で脳室に水が溜まって肥大化する「水頭症」になりました。記憶が定着しなくなり、幼稚園児レベルの認識力になったのです。

医師からは「完治しない」と言われ、障害者認定を受けました。体の拒絶反応で二度の手術もうまくいかず、母や幸福の科学の支部の人が祈願を重ねてくれました。

すると、7月には記憶が定着するようになったのです。

回復のカギは…

その後、一人でトイレに行けるまで回復し、幸福の科学の経典も読めるようになりました。そして8月、異例の退院をすることになったのです。

(どうしてこんなに早く回復できたんだろう)

思いを巡(めぐ)らすと、祈願を受け続けてくれた母や支部の人の姿が浮かびました。

(きっと、たくさんの人の信仰心で、祈りが神様に届いたんだ。僕は神様に助けられた)

また、記憶を取り戻すなかで受験に失敗したことも思い出しましたが、生きている喜びのほうが大きく、全く悲しくありませんでした。

その後、自分で定期的に祈願を受けに行き、10月には箱根精舎で『健康倍増祈願』を受けました。その時、神様の温かい光に包まれ、幸せがこみ上げてくるのを感じました。

(僕は神様に愛されている)

1カ月後、奇跡が起きました。脳室の水が7~8割、減ったのです。神様のお力としか考えられず、感謝が深まりました。

減点主義を克服。そして、完治へ―

翌年、箱根精舎の職員の方の勧めで、雲水(うんすい)修行(精舎で作務を行いながら心を見つめる修行)を始めました。しかし当初は、できない作業が多く、それにばかり目が行き、減点主義に陥って苦しんでいたのです。そんな時、精舎講師に「一個一個、できるようになればいいんですよ」と言われました。

(そうだ、もっと"できる自分"を見つけてみよう)

毎日、「ポジティブになろう」といった小目標を立て、反省の時間に“できた自分”を発見。また、瞑想の時間に、「神の子として光り輝いている姿」をイメージして、少しずつ自分を肯定できるようになりました。

病気によって一時期は"生きていること"しかできなかった私は、できることが増えるありがたさを身に染みて感じました。そして、徐々に自信がつき、減点主義を克服できたのです。

4月、反省と瞑想の修行によって、奇跡が起こりました。脳室の水が引いて元の大きさに戻り、水頭症が完治したのです。10月には、無事に障害者認定からも外れました。

本来なら私は死んでいたかもしれませんが、神様から"おまけの人生"を頂きました。いま生きているのは当たり前ではありません。この感謝を胸に、一日を大切に生きて、私を救っていただいた神様の教えを伝えていきたいです。

闘病中のOさん
闘病中のOさん

DOCTOR'S COMMENT

脳神経外科医 O・K氏

水頭症は手術なしに自然に治ることはほとんどありません。脳室の水が自然とバランスを取ったようですが、非常に奇跡的な回復だと思います。

一日一生の思いで生きなければ、いつなんどき、死に見舞われるかもしれないのです。

『太陽の法』 p.303より

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『新復活』◇映画「世界から希望が消えたなら。」のもとになった、大川総裁の闘病の経験を収録。勇気が湧いてきます。

『健康倍増祈願』◇奇跡の神・オフェアリスの神秘力によって健康が増進され、人生のあらゆる障害が取り除かれます。全国の精舎で開催。

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