人は死んだらどうなる?驚きの真実 【霊的世界のほんとうの話】

Q.人は死んだら、どうなるのですか?

A. 自分が死んだことを自覚できない人がほとんどです。

【マンガ】霊界ガイダンス~死んでもしなない?死の直後にこんなことが起こる!~

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【イラスト解説】人は死んだらどうなる?~心肺停止から死後7日、49日、数か月以降まで~

誰もがいつかは迎える死の瞬間。そのとき、人はどんな体験をするのでしょうか。 ご臨終を迎えたあるおじいさんを例に、「死んだらどうなるのか?」を一緒にたどってみましょう。

(1)死後0時間(魂が肉体から抜け出す)

【心肺(しんぱい)停止(医学的死)】
心臓が止まり、肉体が死ぬと、魂は肉体を抜け出し、多くの場合、天井のあたりから自分の肉体を見下ろします。この段階では、魂と肉体をつなぐ「霊子線(れいしせん)」がつながっており、魂は肉体の痛みなどを、まだ感じています。

(2)死後24時間(本当の死)

【通夜(つや)】
通夜式が、通常、死後一日置いて行われるのは、魂と肉体をつなぐ「霊子線」が切れるのを待つためです。死んですぐ荼毘(だび)に付すと、魂と肉体がまだつながっているため、魂は苦しみ、安らかにあの世に旅立てません。

(3)死後数日~約1週間(死の自覚が進む)

【葬儀】
葬儀は単なる儀式ではなく、亡くなった方の魂が自分の死を悟り、この世や家族への執着を断って、あの世への旅立ちの必要性に気づく機会です。僧侶の読経は、本来、亡くなった方にそのことを悟らしめるために行われるべきものです。

(4)死後7~49日ごろ(死後の行き先決定)

【初七日~四十九日】
魂は、死後、七日間くらいは自宅周辺にとどまっていますが、死後、四十九日ほどたつと、「導きの霊」などに、あの世へ旅立つことを本格的に促されます。魂が安らかにあの世へ旅立てるように、「初七日」や「四十九日」などの節目で法要を行うのです。

(5)死後49日以降(時々地上を見にくる)

【埋葬】
昨今、「散骨」や「樹木葬」などが流行っていますが、お墓は、死後、自分が死んだと分からずに迷っている魂に、死を悟らしめる縁(よすが)となります。また、遺された人々が、故人に供養の心を手向けるときの、「アンテナ」のような役割もあります。お墓をつくり埋葬することは、大切なことなのです。

(6)死後数カ月以降(時々この世とつながる)

【お盆、その他の供養】
お盆になると、先祖供養が盛んに行われます。お盆の時期には、霊界と地上との交流が盛んになり、「地獄の門が開く」とも言われています。また、新盆(にいぼん。死後、初めてのお盆)を過ぎても、ときどき、先祖を供養することで、天国に還った霊人はもちろん、地獄に墜ちた方にも、光を手向けることができます。

(※ただし、供養する側の悟りが低いと、死後、迷っている霊の悪しき影響を受けることもあります。まず供養する側が、あの世の知識を学び、心の修行を重ねていることが大切です。)

死後、魂はしばらくは肉体のなかにいる

私たちは肉体の死によって滅んでしまうわけではありません。肉体には魂が宿っており、死後は、その魂が肉体から離れ、あの世へと旅立っていくわけです。

ところが、通常、自分が死んだことがなかなか分からないのです。もちろん、亡くなって、その日のうちにさっと肉体から出ていく人もいますが、普通の人は、自分が死んだことがすぐには分かりません。そこで、しばらくは、病気の延長のようなつもりで肉体のなかにいるのです。

死んでも「意識」がある

そして、周りの人が、「ご臨終です」とかいろいろなことを言っているのを、「まだ生きているのに、おかしなことを言うなあ」と思って聞いています。

ときどき、まぶたを開けたり閉めたり、ライトを当てたりされるので、「何をするか。まぶしいじゃないか」と本人は言っているのですが、「反応がありません。もう瞳孔が開いています」などと言われるわけです。あるいは「心臓が止まりました」とか言われるので、自分の胸に手を当ててみると、まだ心臓は動いているのです。

これは心臓の霊体がまだ動いているからなのですが、「あれ、おかしいな。心臓が動いているのに『止まった』と言っている。この医者は誤診をしている。『脳波も停止しました』なんて、大変なことを言っているけれども、現に脳が一生懸命に活動しているのに、何を言っているのだ」というように思うのです。

「みんながおかしくなった」と思う

安楽椅子

そのうちに、やがて「ご臨終です」と言われ、家族がお腹の上に寄りかかって泣き始めたりします。本人は「今ごろ泣かれても困る。元気なときに泣いてくれないと。そんなに泣くなら早めに泣いてくれ」などと言っていますが、どうやら思いが通じていないようであり、また、「おかしいな。体が動かないな」と不思議な感覚を味わうのです。

その日は、お通夜や葬式の準備で、いろいろな人が集まってきたりするのですが、「どうやら死んだかもしれないし、死んでいないかもしれないし」と、しばらくはよく分からない感じがします。

一方、死んだ自覚がまったくない人の場合は、「まだ生きている」と信じ込んでいるので、「みんながおかしくなった」と思うのです。 そして、いよいよ、お通夜や葬式が始まり、自分の写真が額縁に入れて飾ってあったりするのを見て、「もう勘弁してくれよ。嫌だよ。まだ死にたくないよ」などと言っているのです。

ほんとうの「死」は、肉体が機能を停止してから一日ぐらいかかる

その間、魂は肉体を出たり入ったりしています。まだしばらくは家のなかにいて、ときどき、屋根近く、あるいは天井近くまでフワッと浮いていき、下を見て何だか怖くなって、また戻ってみたりとか、そういうことを繰り返しているのです。

人間の後頭部には、銀色の細い線で魂と肉体がつながっているところがあります。幸福の科学では、それを「霊子線(れいしせん)」と言っています。これが切れないかぎりは、魂が肉体に戻ってくることがありうるのですが、これが切れたときは、もう二度と帰ってくることができません。

そのように、ほんとうの意味での死は、肉体が機能を停止したときではなく、通常、それから一日ぐらいはかかるものなのです。

【動画】人は死んだらどうなる?~臨死体験インタビュー~

【図解】霊界マップ~霊界って、こんなに広いのか!~

霊界は広大で自由!心の波長に応じた無数の世界が展開している。
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【図解】霊的人生観~人は目的を持って生まれ、死後はあの世に還る(生まれ変わり)~

「霊的人生観」とは、「人間は魂修行をするためにこの世に生まれてきた存在である」という真実に基づく人生観です。人はどのようにして生まれ、人生を生き抜き、あの世に還っていくのか。転生輪廻のサイクルをイラストで紹介します。
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【書籍で学ぶ】人は死んだらどうなるのか

『正しい供養 まちがった供養』 第1章 「あの世への旅立ち 3 人は死んだらどうなるのか」より抜粋したメッセージ

魂が肉体から離れるまでの様子

普通の場合、魂が肉体から離れるまでに、だいたい一日から二日近くかかります。通夜という習慣があり、この通夜の期間を過ごしてからでないと、火葬場で肉体を焼かないようになっていますが、なぜかというと、まだ魂が肉体から離れていないからです。

伝統的に、「魂が離れていない間は肉体を焼いてはいけない」ということが知られているのです。やがて、セミが殻を脱ぐようなかたちで、魂は次第しだいに肉体から遊離していきます。

まず、魂の上半身の部分が起きてきます。そのあと、魂全体が体から浮いて出てきて、スーッと空中に浮き上がります。

このときに、魂と肉体は、頭の部分から出た一本の線でつながっています。「霊子線(シルバー・コード)」という線です。これがつながっているうちは、まだ完全な死ではないのです。これが、やがてプチッと切れます。それが切れたときに、「完全に死んだ」というかたちになります。

そのあと、しばらくは、自分の通夜や葬式が営まれているところ、それから、自分が火葬場で焼かれているところを、自分で見ることになります。そして、「葬式で飾られている写真を見たら、なんと、私の写真が飾られている」ということで、「どうやら、私は死んだらしい」と悟るわけです。

また、各人には守護霊というものがいて、そのころに、この守護霊が迎えに来ます。人間が死ぬときには、守護霊が迎えに来て、「あなたは、実際は死んだのだ」ということと、「地上への執着を去らなければいけない」ということを懇々と教えてくれ、それから、その人が行くべき場所に連れていってくれます。そのような導きがあるのです。

参考書籍

人はなぜ生まれてくるのか。人は死んだらどこに行くのか。
こうした根源的な問いに答えることこそ、宗教の大きな使命であると幸福の科学は考えます。
霊的な真実を知ることで、人生は大きく変わります。このサイトでは様々なテーマで霊的真実をお伝えしています。