嫁姑、あきらめていた10年越しの葛藤

嫁姑関係【体験談】

姑との同居生活に疲れ、表面上は普通に接しながらも、心の中は悩み苦しみでいっぱいだったSさん。幸福の科学の研修で「嫁姑問題を解決する」と覚悟し、講師に相談を持ちかけると、それまで見えなかった「答え」を手にします。すると姑にも不思議な変化が起こり、二人の関係は激変。姑との葛藤に悩んでいたSさんが、心穏やかに過ごせるようになった経緯をお伝えします。
(Sさん/女性/「ザ・伝道」第119号より転載・編集)

体験談内心で避けていた姑への気持ちが変わったとき

好感を持っていた義母との同居

私が友人の紹介で知り合った主人と結婚したのは、20年以上前のことでした。主人の家は母一人子一人。姑がアパート経営などをしながら、女手一つで育てられたそうです。主人はそのことに恩義を感じているようで、とても母親思いの人です。私も、いかにも江戸っ子らしくハキハキして、しっかりした印象の姑に、好感を持っていました。当然のように姑も同居ということで、新婚生活がスタートすることになったのです。既婚の友達からは「嫁姑って大変だよ」と苦労話を聞かされていましたが、「きっとうまくやっていける」と思っていました。
「お義母さんも70歳過ぎてるし、私が家事を代わったら喜んでくれるんじゃないかしら」
内心、「嫁として歓迎してくれるかな」と、少しは期待もしていました。

とまどいの毎日

嫁のすることに文句をつける姑の様子(嫁姑【体験談】画像)

ところが、私の考えは甘かったことを、すぐに思い知らされました。庭いじりや台所仕事をするのが好きな姑は、めったに外出することがなく、主人が会社に行ったあとの時間は、姑とずっと二人きりになります。その間、私の一挙手一投足に対し、姑は細かく注意してくるようになったのです。
「トイレの電気、点けっぱなし!」
「水が漏れてる!」
離れた場所から、しょっちゅう怒鳴り声が飛んでくるので、気が休まりません。のんびりした性格の私には、なぜ姑に怒られているのかが分からず、とまどうこともよくありました。
「なに、これは。失礼じゃないの!」
食事中に突然、怒りだした姑。私にお味噌汁のお椀をつきだしました。一瞬、わけが分からず、椀のなかを見ると、茄子の端の部分が浮いていました。
(あっ、端っこを入れるって失礼になるの? 知らなかったわ。でも、私だって悪気があったわけじゃないんだから、もう少し優しく言ってくれても)
姑の話は、理屈としては通っていても、言い方がきついので傷ついてしまいます。でも、面と向かって言い返せない私は、いつも黙っているしかありませんでした。主人が帰宅すると、「ねぇ、今日、Sさんがね……」と、二階にいる私にまで姑の声が聞こえてきます。思わず聞き耳を立てていると、日中、ちょっと気まずいことがあったりすると、事実よりオーバーに告げているのです。こういうとき、主人はあとで「昼間、どういうことがあったの?」と私の話を聞き、気にしなくていいよ、と優しく慰めてくれます。主人が私のことをとても大切にしてくれるのが救いでした。けれども、そうした毎日を半年も続けていくと、心のなかの痛みは溜まる一方で、もう耐えられなくなりました。

妊娠と別居

「私は一生懸命やっているつもりなのに、なんでこうギクシャクしてしまうんだろう。お義母さんは、私のことを受け入れてくれてないのかしら。お手伝いさんぐらいにしか思われてない気がする……」
なんだか涙がこぼれてしかたありません。ついに私は、姑を避けるように、パートに出ることにしたのです。昼間、外で働いているときだけが、私にとってホッと息をつける時間でした。パートに出て1年ほどたったころ、私は妊娠に気づきました。待望の赤ちゃんに、喜びの反面、不安がどっと押し寄せてきます。
(出産したら、また家のなかにいなければいけなくなる。そうしたらお義母さんと1日中ずっと……)
そんな状態で子供を育てられる自信がありません。悩んだあげく、主人に相談しました。
「お願い。子供が幼稚園に上がるまでは、お義母さんと別居したいの」
「おいおい、なに言ってるんだ」
親思いの主人は当然、反対しました。けれども、せっぱ詰まっている私に、さすがに主人も「このままではまずい」と思ったのか、最終的には別居を決心してくれたのです。しかし、別居の話を聞いた姑は、こちらが想像していた以上にショックを受け、一晩、家を空けたまま帰ってきませんでした。こんなことは初めてでした。申し訳なさと、いたたまれなさが胸に渦巻きます。結局、私たちはスープの冷めない距離にアパートを借りて、ことあるごとに姑を訪ねるようにしました。別居して精神的には楽になった一方で、独り暮らしをする姑のことが気にかかってなりません。やがて私は長女を出産。姑の喜びようはたいへんなもので、お宮参りやお食い初めなど、長女のお祝いごとは、全部、姑の家でしました。

親子をつなぐ縁

長女が1歳を過ぎたころです。デパート主催の育児セミナーの会場で、“親子はあの世で約束して生まれてくる”という話を小耳にはさみました。私も毎日、育児に励むなかで生命の不思議を感じていたからでしょうか、「ひょっとしたら、そうかもしれない」と共感するものがありました。そのお話を詳しく知りたいと思っていたところ、それは大川隆法総裁の本に書かれている内容だと分かったのです。さっそく何冊か本を読んでみました。特に新鮮に感じたのは、「人間は魂修行をするために、あの世とこの世を転生輪廻している」という教えでした。
「もし、本で書かれているように、親子や家族として生まれるのは偶然ではなくて、何度も一緒に生まれ変わっているというなら、身近な人たちのことも、今までとは見方が変わるかもしれない」
「この教えをもっと学んでみたいな」と思った私は、それからまもなくして幸福の科学に入信したのです。

再びの同居

その後、長女が幼稚園に上がる直前、私たちは再び姑の家に戻ることにしました。家に戻ってからほどなくして、私は第2子を妊娠、出産しました。今度は男の子です。姑は孫たちの笑顔やしぐさに目を細めています。おもちゃや服を買ってきてくれたり、入浴を手伝ってくれたりしました。私が長女の幼稚園のことで出かけなければいけないときなど、姑が下の子を見てくれて、たいへん助かりました。こうして、家庭は2人の子供を中心にまわりはじめました。
一方、私の信仰に、姑は反対しませんでした。わが家で地域の信者の集いを開くと、時折、姑も一緒に参加するようになりました。
「幸福の科学の人はみんないい人だね。一緒にいると心がなごむよ」
姑は幸福の科学に好感を持ったようでした。やがて大川総裁の法話も聴くようになり、入信したのです。

心のキズ

台所できょろきょろと誰かを探すようなおばあちゃん(嫁姑【体験談】画像)

2度目の同居の日々は、子供のおかげもあり、姑とぶつかることも、自然となくなっていきました。しかし、表面的にはうまくいっているように見えても、私は姑と深く関わりあうのを避けていました。過去、姑の言葉で傷ついたという思いを、どこか引きずっている自分がいたのです。子供のおやつを作りに、ちょっと台所に立つと、すぐ「なにしてるの?」と姑。
(もう……こんなことまで、いちいち説明しなければいけないの?)
些細なことまで詮索されると、なんだか責められているような気がして、過去の心のキズ口が開いてしまうのです。
「こんなことも、あんなこともあった。許せない。どう考えても私は被害者だわ」
つらかった思いが次から次へと噴き出してきて、私自身を苦しめました。幸福の科学では、嫁と姑の縁は深いと学んでいます。
嫁と姑は、実の母と娘よりも関係の深い魂であることが多いのです。それほど深い縁があることを知らなくてはなりません』(『「幸福になれない」症候群』より)
「確かに、嫁と姑も偶然じゃないのかもしれない」とは思うものの、心の奥底には、姑にさんざん苛(いじ)められた思いが強く残っていて、どうしても納得できません。「ザ・伝道」「月刊 幸福の科学」といった幸福の科学の機関誌に、嫁姑の葛藤が解決した体験談が載っていると、食い入るように読みました。けれども、「この人のは、まだ私よりいいわよ」「私はこんなに立派じゃないからできないわ」と思ってしまうのです。初めは姑に対する思いを変えようと、もがいていた私も、だんだん考えるのが嫌になりました。嫁として普通に接していても、内心は姑と距離を置く状態のまま何年も過ぎていきました。

リングに上がっている私

ある夏のこと。栃木の実家に帰省した折、幸福の科学の総本山にも立ち寄って研修を受けていこうと思いました。軽い気持ちで総本山・未来館に向かいました。研修が始まり、最初に大川総裁の法話「常勝思考─光明転回の理論」を拝聴しました。
「まさしく悩みの中心になっているものは、みなさんの人生の問題集がいったい何であるかを教えているということなのです。
試合が始まって、『赤コーナー』と呼ばれたならば、やはりタオルを取って、リングに上がらなければなりません。
リング上で、『自分はそもそも頭が悪い』『環境が悪かった』『親がこうだった』『兄弟が悪かった』『貧乏だった』などというたぐいのことを言うとは、どうしたことでしょうか」
『常勝思考』第二部として収録)
「おばあちゃんとのこと言われてる……」
ドキッとしました。法話では、人間が転生輪廻する意味は魂修行のためであり、悩みは魂を磨くための砥石であると説かれていました。
「いまが人生のリングに上がって勝負しなければいけないときなんだ。言い訳がきかない。私も解決しなければいけない」
ずっと見ないふりしていた嫁姑の問題が、急に棚から下ろされたようでした。覚悟を決めて研修に取り組みました。ところが夜になっても、まったく解決の糸口が見つかりません。困ってしまい、講師の方に面談を申し込み、いきさつを一部始終話しました。長年、一人で心のなかに溜め込んでいた悩みを聞いてもらったのは初めてでした。

実の娘のような気持ちで

「──確かに、おばあちゃんもきついところがありますね」
講師は同情を寄せてくださいました。
「……でもね、おばあちゃんは、あなたのことを自分の実の娘と思って接しているんじゃないですか。だから、きついこともたくさん言ってたんじゃないですか」
「えっ、実の娘ですか?」
「だけど、あなたは心を開いてこなかった。おばあちゃんはどんなに悲しかったか。寂しかったと思いますよ」
「おばあちゃんが寂しかった」などと、まったく考えたこともありません。講師の指摘に衝撃を受けました。
「掃除や台所仕事で怒られてばかりだったけど、おばあちゃんはとてもきっちりした人だから、ぼんやりした私を見てて、もどかしかっただろうな。でも、ほんとうは自分でやりたかったのをガマンして、私のためにさせてくれてたのかもしれない……」
そう考え出すと、すべてがひっくり返って見えてきました。
「おばあちゃんに、もっと優しくしてほしいって思ってたけれど、逆だ。私は、この家に来たお客さんのような気持ちでいたのかもしれない。おばあちゃんは、私を身内として受け入れてくれていたからこそ、『実の娘』に言うように、遠慮なくなんでも言ってくださっていたんだ。なのに、私が一方的にバリアを張ってた。おばあちゃんを受け入れようとしていなかったのは私のほう……」
涙がボロボロ流れました。
「ごめんなさい! 私、おばあちゃんの気持ちを全然分かっていませんでした。結婚当初に戻って、もう一度、やり直したい!」
その夜は泣き通し。私は目が腫れあがったまま、翌日、家路についたのです。

いなくなったもう一人の「私」

研修で感じたことは、照れくさくて、姑に面と向かって話せませんでしたが、そのうち姑が妙なことを言い出したのです。台所でお料理を作っていたときでした。
「おかしいわねぇ……。声も顔も後ろ姿も、Sさんにそっくりな人がもう一人居たんだけれど……」
「なに言うの? 私しかいないじゃない」
しばらく私が留守にしている間におかしくなってしまったのかと、とまどいました。しかし、姑はそれからも、本当に不思議そうな顔をして、くり返し言うのです。ある日、また「どこ行ったのかしら?」と言われたときに、ハッとしました。
(もしかして、もう一人というのは研修に行く前の私? おばあちゃんは直感的に、私の心のなかの変化を見ているのかもしれない)
思い切って姑に訊ねてみました。
「おばあちゃんは、もう一人のことをどう思ってたの?」
「そうねぇ。なんか……意地悪そうな人だったよ」
たいへん言いにくそうに答えました。
(ああー、やっぱりそう思ってたんだ)
「おばあちゃん、その意地悪な人はもう居ないのよ。これから一生、面倒を見させてもらうから安心してね」
「うん、分かった。ありがとう」
それから数日後、姑はいつになく改まったようすで私にいいました。
「これから、この家のことは全部あなたに任せるから、よろしくね」

二人きりの時間

和菓子を食べてにこにこする、思い出の中のおばあちゃん(嫁姑【体験談】画像)

姑はあとを託して安心したのか、急速に体が衰弱してゆきました。目に見えて足腰が弱り、とうとう寝たきりになってしまいました。そのとき姑は83歳。
(ずっとおばあちゃんの愛に気づけなくてごめんね。いまこそお返しさせていただくときだわ)
医師と相談して、区のヘルパーさんを頼み、在宅介護することにしました。居室だった6畳にベッドを置いて、食事、お風呂、オムツ替えなど、私は心を込めてお世話しました。
「おばあちゃん、おはよう。お食事よ」
姑はご飯を食べ終わると、私に向かって、「ありがとう」と手を合わせてくれます。オムツを替えても、「ありがとう」。いつも感謝してくれるのです。
(私のほうこそ、おばあちゃんのお世話をさせていただくと温かくなる。こんな風になれるなんてありがたいわ)
寝たきりの間、姑は大川総裁の法話「天国と地獄」が好きらしく、しょっちゅう聴いていました。あの世の世界のようすが語られている法話です。時には認知(痴呆)症らしき症状が現れるときがあっても、不満や苦痛を訴えたりすることはまったくなく、楽しそうに過ごしてくれました。なかなか十分に恩返しをしきれない思いがありましたが、「おばあちゃんは幸せねぇ」というヘルパーさんの言葉が救いでした。
寝たきりなって3カ月が過ぎたころ──。
「あそこに叔父さんが立ってるよ」
先に亡くなった親戚のことを姑が話し出したとき、「もう長くないかもしれない」と覚悟を決めました。やがて3日間コンコンと眠り続け、静かに旅立っていった姑。まるで眠っているかのような穏やかな顔でした。

おばあちゃんとの思い出

あれから数年。食事のしたくでも、野菜を切っているときなど、「あれ? これっておばあちゃん流だな」と気づくことがあります。私も、いつの間にか姑に似てきたようです。おばあちゃん直伝の「にんじんご飯」は、主人はもちろんのこと、子供たちも大好物です。私は幸福の科学で本当に救われました。もし葛藤を抱えたままで姑を見送っていたら、今ごろは後悔の念いでいっぱいだったことでしょう。「愛は受けるより与えるほうが尊い」と教えていただいていますが、姑との時間を通し、そのことを実感できました。いまはただ、私と一緒に人生を送ってくださった姑に感謝しています。

書籍で学ぶ嫁と姑の切っても切れない縁

『幸福のつかみ方』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

姑は大人になったあなたの教育者

『幸福のつかみ方』

夫の母というものは、あなたが大人になって、一人前の判断力を備えた後、あなたを教育すべく現われてくる人でありますから、これはあなたが自主的に選んで入る師弟関係にも似ていると言ってよいかもしれません。
ここで感情的な反発が起きるのは、よく知られていることですが、たいていの場合、あなたの姑になる方が、あなたよりもはるかに人生経験も多く、いろいろなことを知っているがために、あなたのやっていることが危なっかしくて見ていられないということが多いように思うのです。そういうときにあれこれと注意をしたくなるわけで、注意をされたほうは新入社員のようなものですから、一つひとつがひじょうにこたえる、こういうことが魂の葛藤になっているように思います。

嫁ぎ先でも人のよいところを学ぶ気持ちを

結婚後、さまざまに窮屈な思いをすることもありましょうが、それはあなたが実社会で訓練されるのと同じような魂の訓練をしているのだと思わなければなりません。ですから、いろいろな環境が出てきても、すべてをみずからの向上のために役立てようと思うことです。
舅、姑、あるいは小姑と、いろいろ出てくるでしょうけれども、どの人にもそれぞれよいところはあるものです。ですから、「長所とつき合えば悪人はいない」と言われるように、それぞれの人の持っているよいところを学ぼうという心で接していますと、自然自然に、あなたにとっては勉強になりますし、また、先生役になっている人たちも、勉強されていると思えば、あなたにはなかなか健気なところがあると感心してくれるものなのです。どうか知恵を磨いてください。

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